高い効率で細菌の細胞内へ透過するペプチドを開発-多種の細菌へ簡便に薬剤を導入し、細菌操作や殺菌を可能にする新物質-
高い効率で細菌の細胞内へ透過するペプチドを開発
多種の細菌へ簡便に薬剤を導入し、細菌操作や殺菌を可能にする新物質
国立大学法人欧洲杯线上买球_欧洲杯足球网-投注|官网大学院工学府応用化学専攻の井上豪大学院生、生命工学専攻の豊原大智大学院生、グローバルイノベーション研究院のモリテツシ准教授、村岡貴博教授は、高い効率で多種細菌の細胞内へ透過する新たなペプチドの開発に成功しました。細胞を覆う細胞膜を透過する「細胞膜透過性ペプチド(Cell-Penetrating Peptides: CPP)」は、細胞に対して振りかけるだけ、という簡便な操作で、薬剤などの細胞内導入を可能にする機能性物質として注目を集めています。これまで、動物細胞に対して透過性を持つCPPは数多く開発されてきましたが、細菌に対するCPPは例が極めて少ないのが現状です。今回我々は、カチオン性アミノ酸からなるペプチドに注目し、その側鎖長を短くすることによって、細菌への導入効率が飛躍的に向上することを発見しました。開発したペプチドは、細菌への毒性も低いことが確認され、生きた細菌へ様々な薬剤や殺菌剤、ラベル化剤などを導入し、殺菌や検出、機能改変、操作を可能にする新物質として注目されます。
本研究成果は、米国アメリカ化学会(米国American Chemical Society)のACS Applied Bio Materials誌電子版(2021年3月15日付)に掲載されました。
?論文名:Critical Side Chain Effects of Cell-Penetrating Peptides for Transporting Oligo Peptide Nucleic Acids in Bacteria
?著者名:Go Inoue, Daichi Toyohara, Tetsushi Mori, Takahiro Muraoka
?doi:10.1021/acsabm.1c00023
?URL: https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acsabm.1c00023
現状
細菌(バクテリア)は、感染症の原因であるとともに、発酵や抗生物質生産などで利用されています。最近では、腸内細菌叢が我々の健康と密接に関連することも明らかにされ、細菌の機能や生態を調べることは、医学、公衆衛生、産業面で重要性を増しています。細菌の研究において、細菌の細胞への遺伝子や低分子化合物の導入は、殺菌やラベル化のほか、細胞増殖機能の改変や物質生産効率の向上などを可能にする重要な技術です。細菌への物質導入として、これまでは高電圧パルスを照射するエレクトロポレーション法(
注1
)や、カルシウムイオン処理により細胞膜透過性を高めたコンピテントセル(
注2
)などが主に用いられてきました。しかしいずれも、細菌種ごとに異なる条件を検討する必要があることに加え、物理?化学的な刺激が細菌へ影響を与える可能性があるなど、幅広い利用や応用を妨げる要因となっています。
研究体制
欧洲杯线上买球_欧洲杯足球网-投注|官网大学院工学府応用化学専攻の井上豪大学院生(修士2年)、生命工学専攻の豊原大智大学院生(修士2年)、グローバルイノベーション研究院(工学部生命工学科 兼務)のモリテツシ准教授、グローバルイノベーション研究院(工学部応用化学科 兼務)の村岡貴博教授が共同で実施しました。本研究は、JSPS科学研究費助成事業若手研究(A) (17H04885)、基盤研究(B) (JP19H02828, JP18H02278)、JST CREST (JPMJCR19S4)の助成を受けました。
研究成果
近年、細菌への遺伝子、薬剤導入方法として、細胞膜透過性ペプチド(CPP)が注目されています。これまでに用いられてきたCPPとして、リジン-フェニルアラニン-フェニルアラニンの繰り返しから成る両親媒性ペプチド(KFF)3が代表的ですが、その細菌への導入率は決して高くありませんでした。例えば、大腸菌(Escherichia coli)に対する導入率は48%、Enterobacter hormaecheiに対する導入率は5%未満です。
今回我々は、カチオン性アミノ酸から作られたペプチドに注目し、その主鎖や側鎖の長さが細菌への導入率に与える効果を系統的、定量的に調べました。代表的なカチオン性アミノ酸であるリジンやアルギニンの場合、3量体、6量体、9量体と主鎖を長くすると、大腸菌に対する導入率は増加しました。ここで興味深いことに、リジン9量体の構造異性体であるε-リジン9量体の場合、細胞膜局在性が強く現れました(図1)。この結果から、カチオン性ペプチドの主鎖長だけでなく、側鎖長も膜透過性に影響すると考え、側鎖長の短いリジン類縁体として、オルニチン(Orn)、2,4-ジアミノブタン酸(Dab)、2,3-ジアミノプロピオン酸(Dap)を連結したペプチドの細菌への導入率を調べました(図1、図2)。その結果、大変興味深いことに、これらの9量体(Orn9, Dab9, Dap9)はすべて、大腸菌に対して99%以上の高い割合で導入されることが明らかになりました。この高い導入率は、大腸菌に限らずEnterobacter hormaechei、Proteus hauseri、Serratia grimesii、Trabulsiella guamensis、Yersinia bercovieriに対しても見られ、菌種にほとんど依存しないことも示されました(図3)。重要なことに、Orn9, Dab9, Dap9は、いずれの菌種に対しても毒性を示さなかったことから、生きた細菌に対する薬剤導入を可能にする機能を持つことがわかります。
この優れた細菌膜透過性を持つペプチドを用いて、機能性分子であるペプチド核酸の細菌への導入を試みました。Dap9に、大腸菌のアシルキャリアタンパク質のメッセンジャーRNAと相補的な塩基配列を持つ15量体ペプチド核酸(PNA15)を連結したDap9-PNA15を合成しました。アシルキャリアタンパク質は、細胞膜を構成する脂質の合成に関わり、細菌の生存に重要な役割を担う酵素です。PNA15はその酵素の合成を阻害し、菌の増殖を抑えます。添加量を変えて、Dap9-PNA15を大腸菌へ導入した結果、添加量に応じて大腸菌の増殖が著しく阻害される効果が確認されました(図4)。ペプチド核酸を持たないDap9では正常な増殖が見られたことから、この増殖阻害効果は、Dap9によりPNA15が大腸菌内へ導入されたことに起因することがわかります。
今後の展開
細菌は、様々な感染症を引き起こす公衆衛生上の重要な研究対象です。同時に、発酵食品の生産や、抗生物質の産生に用いられる有用生物でもあり、最近では腸内細菌叢と我々の健康との関連が注目されるなど、様々な分野で研究される生物です。今回我々が開発した細菌細胞膜透過性ペプチド(Orn9, Dab9, Dap9)は、振りかけるだけで、生きた様々な菌種の細菌内へ透過する機能を有します。このペプチドを用いることで、蛍光ラベル化剤の他、殺菌剤などの様々な薬剤を細菌内へ導入することが可能となり、細菌ラベリングや、効果的な殺菌、新たな細菌の操作が可能となると考えられ、細菌が関連する公衆衛生、生物学、産業に渡る広い分野に貢献すると期待されます。
注1)エレクトロポレーション法
電気パルスにより瞬間的に細胞膜に穴を開け、DNAなどの核酸を細胞内へ導入する方法。電気パルスを発生させる専用の装置が必要であり、導入効率は、電気パルス形状や電圧に影響される。
注2)コンピテントセル
カルシウムイオン存在下で冷却することで得られる膜透過性が増大した微生物細胞。
◆研究に関する問い合わせ◆
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グローバルイノベーション研究院(工学部応用化学科 兼務)教授
村岡 貴博(むらおか たかひろ)
TEL:042-388-7052
E-mail:muraoka(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp
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グローバルイノベーション研究院(工学部生命工学科 兼務)准教授
モリ テツシ
TEL:042-388-7641
E-mail:moritets(ここに@を入れてください)go.tuat.ac.jp
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